読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

nowayのブログ

人間関係はミニマリストなnowayな私が省エネに生きる様を面白くお伝えできたらと思って書いていきます。

あんまりにもやることがないから親孝行をして時間を潰している件

雑談

どうもnowayです。

さっきまで焼き鳥屋で飲んでいて(もちろん一人だ)良い気分でブログに向かっている。

以前ブログのどこかで「私は友達がいない」と記載したことがあったがあれは本当である。友達がいないとは「みんな30歳越えたら結婚しちゃって相手してくれないんだよ」とか「転勤したから地元の友達と会う機会も無くってさ」みたいな不可抗力じみた理由では無く、真実友達がいないのである。ふふ。

 

その点は深く掘り下げない。掘り下げて面白くなりそうだったらいつかブログに書くだろう。もしかすると多くの共感を呼んでしまうかもしれないが今は書かない。

さて、みなさんは趣味をお持ちだろうか。私は今まで車が趣味だったと思っていた。洗車したりドライブしたりパーツを見たり車に関わることすべてがきらめいて見えたものだった。

しかし今はどうだろうか、車に対するモチベーションはすっかり消えてしまっている。飽きてしまったとも違う、なんというか、先が見えてしまったような気がして気持ちが高まらないのだ。もしかすると省エネカーに乗っているせいかもしれない。以前のようにスポーツカーに乗ればあるいはモチベも回復するだろうか。いや違うだろうな。単純に共有できる彼女もいないからつまらなく感じてしまっているのだろう。

まったく、34歳にして自分の好き嫌いや行動のモチベーションを他人や外に依存するなんて全く情けない話であるが、友達もいない私が心のよりどころとしてきたのはお付き合いさせていただいていた女性数名の皆さんだったわけで、これが一切何もなくなってしまったのだから慣れるのに時間もかかるというもの。

しかしなんとかまあ、最近はひとりぽつねんと部屋に鎮座し、虚空を見つめながら「つむじから毛根が隆起し発毛が促進されていくイメージ」の獲得に成功したのだから我ながら大したものである。秋以降に急激に高まった脱毛状態も冬毛に生え変わったのか、サプリメントが効いたのか、落ち着いたものである。考えることも無いので発毛促進のイメージトレーニングをしていたという事である。

 

さて、やっと本題に入ろう。

やることがないので親孝行をしている、とはなんという高飛車な物言いだろうか。しかし考えてみてほしい。動物はいずれ親元を離れ一人の力で生きていく。ここに親離れ、子離れがあり、それが自然本来の親子の関係性ではないだろうか。私が思うのは、人間と言うのはいつまでたっても親離れ子離れもろくに出来ない生物であることよ、ということである。

軌道修正。やることがないから、部屋でぼーっと過ごしてもいいのだが、気分転換に外に出たい気分にもなるだろう。しかしどこへ行く?となったとき、私は酒、ギャンブル、女性、の類には手を出さないきわめて理性的かつ知性的かつ紳士的な好青年であるから、どこへ行く?となったら「消極的選択」として親元へ顔を出すのである。喜ばれるからね。

さて、消極的選択として親元に顔を出しているなんて親には言えない。よって、毎度何かしらお土産を持って、顔を見に来たんだ、みたいなことをいいつつ、夕飯を食べて帰るなどをするわけだが、これが中々評判が良い。

どうせ何かやるのなら、喜ばれる方がうれしいに決まっていて、まさに親とは無条件に喜んでくれるとても単純な仕組みをしていた。こんなことならもっと早くしていれば良かったかもしれないが、そこは私、若かったので異性と過ごす方が楽しかったのだ。

ということで、親孝行というものを非常に漠然と行っているような感じを半年ほど続けている。初めてカニを買ってやったり、鍋にして食ったり、雑炊を食ったりして偉く喜ばれたものだ。全く暢気なものである。私からすればただの消極的選択による親孝行に過ぎないと言うのに。

そして私は思うのだった。孫の顔を見せたら両親はきっと破顔し狂わんばかりの愛情を注ぎそのまま昇天してしまうのだろうと。それっていいなあ。しかし時すでに遅し、両親を思えば彼女はおらず、彼女を思えば両親には関心が及ばず、まったく物事はうまくいかない。

故に今日も私は一人で焼き鳥を食べて歯も磨かずに眠ってしまうのだろうきっと。